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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)49号 判決

神奈川県川崎市平一〇四八番地

原告

中村金治郎

右訴訟代理人弁護士

田中重周

東京都北区王子三丁目二二番地一五

被告

王子税務署長

葛原政夫

右指定代理人

小川英長

堀井善吉

細金英男

荒木慶幸

右当事者間の標記事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告が昭和四〇年一一月三〇日原告に対してした原告の昭和三八年分所得税の更正および過少申告加算税の賦課決定は総所得金額を金九八万四七五一円として計算した限度をこえる部分を取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告が原告に対し昭和四〇年一一月三〇日にした原告の昭和三八年分所得税の更正中総所得金額が金七〇万九七五一円をこえる部分および過少申告加算税の賦課決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

一、原告主張の請求の原因

(一)  原告はその昭和三八年分の所得税につき総所得金額を金七〇万九、五五一円、所得税額を金三万七、九五〇円として被告に申告したところ、被告は昭和四〇年一一月三〇日右申告につき総所得金額を金三八七万二、一五一円、所得税額を金一〇四万六、四八〇円と更正し、かつ、過少申告加算税金五万四〇〇円の賦課決定をした。

(二)  原告はこれを不服として昭和四〇年一二月二四日被告に対し異議の申立をし、昭和四一年三月一九日右申立を棄却されたので、同年四月一九日東京国税局長に対し審査請求をしたが、いまだに、これに対する裁決がない。

(三)  しかし、右更正および過少申告加算税賦課決定の各処分は違法であるから、その取消を求める。

二、被告の主張

(認否)

請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(課税の根拠)

被告は原告の申告に次のような譲渡所得の申告洩れがあると認めて更正および過少申告加算税の賦課決定をしたものである。すなわち、原告は昭和三八年七月一二日ニシキ商事株式会社(以下、ニシキ商事という。)に対し別紙目録記載(一)の借地権、(二)の土地使用権(以下、これを併せて本件土地使用権ともいい、また、その目的たる土地を本件土地ともいう。)および(三)の建物(以下、本件建物ともいう。)の所有権を代金一三〇〇万円で譲渡した。そして、右譲渡価額金一、三〇〇万円からその取得価額金一六万三、二〇〇円および譲渡経費の額金六三六万二、〇〇〇円へ当時、本件建物を賃借していた堀田マサ子に対して支払った立退料金六二〇万円を含む。)合計金六五二万五、二〇〇円を控除すると、譲渡所得の額は金六四七万四八〇〇円(所得税法(昭和二二年法律二七号)第九条第一項第八項)、課税される譲渡所得の金額は金三一六万二、四〇〇円となる(同条第一項本文)。その算式は次のとおりである。

〈省略〉

三、原告の主張

(認否)

被告主張の右事実中、原告がニシキ商事に対し本件建物を譲渡したことは認めるが、本件土地使用権を譲渡したことは否認する。もし原告がニシキ商事に本件土地使用権を本件建物とともに譲渡し、その代金が併せて一三〇〇万円であつたとすれば、被告主張の根拠により、その主張金額の課税される譲渡所得が算出されることは認める。

(反論)

(一) 原告は昭和二六年一一月頃日本電建株式会社に積立てていた積立金一〇万円をもつて原告の妻まさの父田口甚太郎の所有に属した本件土地(ただし内約三坪は国有地の使用権を有する土地)に本件建物を建築してその所有権を取得し、その後、これに居住して食料品の小売業を営んでいたが、田口甚太郎は原告に対し右土地を賃貸するのを望まず、原告が娘の夫たる関係上、やむなく、その土地使用を放任し、ただ、右建物の所有名義人をまさの母田口きみにするよう要求した。これがため、原告は本件建物につき、その実質的所有者でありながら、田口きみ名義をもって所有権保存登記をなした。

(二) そして、田口きみは昭和三一年三月一七日死亡し、田口甚太郎ならびにまさおよびその兄弟らがきみを相続したが、その後、原告はまさとの夫婦仲が次第に悪くなり、昭和三五年八月頃には単身、東京都板橋区船渡に転居して別居し、一方、まさもその兄弟から迫害され、本件建物の明渡を求められるに至った。

(三) そこで、原告は本件土地、建物の権利関係を明確にして紛争を解決すべく、昭和三七年一〇月きみの相続人全員を被告として、東京地方裁判所に訴を提起した結果、昭和三八年五月一五日同人らとの間に調停が成立したが、右調停により本件建物が原告の所有であることならびに本件土地使用権がまさに帰属することが確認された。

(四) さような経緯の後、原告とまさとは、昭和三八年七月一二日それぞれ本件建物の所有権および本件土地使用権を、ニシキ商事に代金一三〇〇万円で売却した。したがつて、右代金は本件建物所有権の対価たる分と本件土地使用権の対価たる分とを含むとともに、右区分に応じて原告およびまさの各所得に帰すべきものである。そして、右建物は当時堀田マサ子に賃貸中であつたので、右代金のうち金六二〇万円を立退料として同人に交付し、その残額金六八〇万円のうち、金六〇〇万円をまさが、また、その余の金八〇万円を原告が、それぞれ取得した。しかし、原告は右金八〇万円を当時負担していた借財の返済に充てたので、なんらの所得も残らなかつた。

四、被告の主張

(認否)

原告主張の右事実中、原告がその妻まさの父田口甚太郎所有の本件土地(ただし内約三坪は国有地の使用権を有する土地)に本件建物を建築所有するに至つたこと、右建物につき、まさの母田口きみの名義で所有権保存登記がなされたこと、同人が原告主張の日死亡したこと、原告がきみの相続人を相手に訴を提起した結果、調停が成立し、右調停により原告主張の事項が確認されたこと、本件建物(ただし、その一部)が堀田マサ子に賃貸されていて、本件建物および土地使用権が売却された際同人に立退料として金六二〇万円が支払われたことは認めるが、その余の事実は争う。

(再反論)

(一) 田口甚太郎は原告がその資金で本件建物を建築して、これを所有することにより、その敷地たる本件土地を占有するに至るべきことを知りながら、その使用を許諾したのであるから、法律上、これにより原告に本件土地の使用権を与えたものであり、また前記調停においても本件建物が原告の所有に属することを確認したうえ、その敷地確保のため本件土地の賃貸を承認したのであるから、たとえ調停条項として明示されなくても、従前と同様に原告の本件土地使用権を認めたものである。

(二) もつとも右調停においては本件土地使用権が原告の妻まさに属することが確認されているが、それは原告が当時まさとの夫婦関係を解消する意向を有し、これがため本件建物および土地使用権を他に譲渡して、その代金の大半を慰籍料としてまさに贈与するにつき租税を回避する目的に出た方便であり、まさの父田口甚太郎もまさの将来を考慮し、本件土地の所有者および使用権者として右調停条項を承認したものである。

(三) なお、原告は本件建物および土地使用権の譲渡につき、租税特別措置法(昭和三九年法律第二四号による改正前のもの)第三五条第一項に規定する譲渡所得の課税の特例の適用を受けるため、昭和三九年三月一四日同条第二項の規定する承認申請書および同条第三項の規定する明細書を、昭和三八年分の所得税の確定申告書に添付して被告に提出したが、勿論、右申請書および明細書には本件土地使用権の譲渡による所得が原告に帰属する趣旨の記載があるのである。

第三、証拠関係

一、原告

甲第一、第二号証を提出し、証人中村まさ、小松重種の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第三ないし第六号証、第七号証の一ないし三の各成立を認め、その余の乙号各証の成立は知らないと述べた。

二、被告

乙第一、第二号証の各一、二、第三ないし第六号証、第七号証の一ないし三を提出し、証人大野豊、榎本静雄の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、原告がその昭和三八年分の所得税につき総所得金額を金七〇万九、七五一円、所得税額を金三万七、九五〇円として被告に申告したところ、被告が昭和四〇年一一月三〇日右申告につき総所得金額を金三八七万二一五一円、所得税額を金一〇四万六四八〇円と更正し、かつ、過少申告加算税金五万四〇〇円の賦課決定をしたこと、原告がこれを不服として昭和四〇年一二月二四日被告に対し異議の申立をし、昭和四一年三月一九日右申立を棄却されたので、同年四月一九日東京国税局長に対し審査請求をしたが、いまだに、これに対する裁決がないことは当時者間に争いがない。そして、本訴提起の日が昭和四三年三月二日であることは記録上明らかであるから、本訴は右審査請求の日の翌日から起算して三ケ月以上経過した後に提起されたものであつて、裁決を経ないで出訴することができる場合にあたる(昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法第八七条第一項第一号)。

二、そこで、右更正および加算税賦課決定の適否について判断する。

(一)  被告が右更正処分において原告の申告洩れと認めたと主張する譲渡所得の存否を考察すると

1. 原告が昭和二六年一一月頃その妻まさの父田口甚太郎所有の本件土地(ただし、その一部は国有地)に本件建物を建設したこと、もつとも、右建物につきまさの母田口きみの名義で所有権保存登記がなされたこと、同人が昭和三一年三月一七日死亡したこと、原告が昭和三七年一〇月きみの相続人全員を相手として東京地方裁判所に訴を提起した結果、昭和三八年五月一五日同人らとの間に調停が成立したが、右調停により本件建物が原告の所有であることならびに本件土地使用権がまさにあることが確認されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証、第五号証、証人中村まさ、小松重種、榎本静雄の各証言および原告本人尋問の結果、(但し、以上の各供述中、後記措信しない部分を除く。)によれば次の事実が認められる。原告は昭和二四年暮田口まさと事実上結婚し昭和二六年婚姻の届出をしたが東京都北区赤羽町なるまさの実家に同居中、その父田口甚太郎の承諾のもとに本件土地に本件建物を一〇万円の費用をかけて建築し、その所有権を取得した。しかし原告は当時まさと共同で営んでいた食料品の小売業に万一失敗して倒産した場合、本件建物が他人の手にわたることをおそれ、これを予防するため、まさおよびその実家の者と相談の結果、右建物につき前記のようにきみの名義で所有権保存登記をしたものである。(原告本人尋問の結果中、右認定に抵触する部分は信用しない。)そして原告はその後まさとの夫婦仲が悪くなり、昭和三五年一〇月には経営中の食料品小売を業とする会社が倒産したため、単身本件建物から同区神谷町に移転し妻子と別居するに至つた(証人中村まさの証言中、右認定に抵触する部分は信用しない。)が、その頃右会社の物品を本件建物に搬入しようとしたところ、田口甚太郎から拒否されたことがあつたり、まさ母子がまさの兄弟に迫害され本件建物から追われそうになつたことがあつたりしたので、前記のようにきみの相続人全員を相手として訴を提起し、本件建物所有権確認の判決を求めたものである。ところが、たまたま、ニシキ商事は川上土地株式会社を介して北海道拓殖銀行から本件土地を含む一劃の土地の買収方を依頼されたので、右訴訟係属中の昭和三七年暮頃から、まさとの間において本件建物および本件土地使用権の買取りを交渉し、その結果、前記のように原告ときみの相続人との間に調停が成立する直前の昭和三八年五月七日頃、右交渉を事実上取りまとめたうえ、同年七月一二日まさとの間において、同人および原告から本件建物の所有権および本件土地使用権を代金一三〇〇万円で買受ける旨の契約を締結し、右代金の支払を了したが、原告はその事前においてまさに対し右売買についての権限を授与し、また右代金の授受には自ら立会つた。以上がその認定であるが、これを推すときは、原告は本件土地使用権を近くニシキ商事に売却換金することを見越して、その売却代金をまさに取得させる配慮から、右調停において、右土地使用権がまさに属することを確認する旨を合意し、少くとも、これにより原告に属する右土地使用権をまさに贈与したものと認めるのが相当であり、したがつて、ニシキ商事との間の前記売買の時点においては、本件建物は原告の所有に属したが、本件土地使用権はまさに帰属したものといわなければならない。

3. 被告は右調停条項をもつて租税回避のための方便であるとし、本件土地使用権が右売買の時点においても実質的にはなお原告に属した旨を主張するが、前記認定を覆して右主張を認むべき証拠はない。もつとも、成立に争いがなく、文面から原告が被告に提出したものと認められる乙第七号証の一ないし三によれば、租税特別措置法第三五条の特例の適用に関する承認申請書および明細書には、本件土地使用権の譲渡による所得が原告に帰属する趣旨の記載があることが認められるけれども、さような事実だけでは、右認定を左右するに足りない。

(二)  してみれば、ニシキ商事との右売買によつて生じた所得につき原告に課税しうるのは、右所得のうち本件建物の代金に相当する分だけであるというべきところ、右建物がニシキ商事に売却された際、右建物を賃借使用中の堀田マサ子に立退料として六二〇万円が支払われたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、まさはニシキ商事から売買代金として一三〇〇万円を受領した後、これから右立退料を支出し、その残六八〇万円のうち八〇万円を原告に交付して、原告との間において右代金の配分を了し、原告も右配分を暗黙のうちに承諾したことが認められるから、右売買による所得から、いわゆる譲渡経費に当る右立退料を控除した金額のうち、右建物の代金に相当する分は、他に特別の事情がない限り原告がまさから配分を受けた八〇万円であると認めるのが相当である。そして、原告が右建物建築費用として金一〇万円を支出したことはさきに認定したとおりであるから、これを右建物の取得価額と認めて右建物の譲渡による収入たる八〇万円(これから控除すべき譲渡経費がないことは右売買代金の使途、配分に関する右認定の事実から明らかである。)から控除し、さらにその残から所得税法(昭和二二年法律第二七号)第九条所定の控除をし、その残の一〇分の五に当る譲渡所得の課税標準を算出するとその金額が二七万五、〇〇〇円であることは計数上明らかである。その算式を左に示す。

〈省略〉

(三)  したがつて、原告の総所得金額は、さきに認定のように、原告が申告した総所得金額七〇万九、七五一円に右に算出した譲渡所得金額は加算した金九八万四七五一円たるべきであり、右申告についての更正も右金額の範囲に止むべきであつたから、被告がなした本件更正は右範囲をこえる限度において違法であり、また被告がなした本件過少申告加算税賦課決定もこれに対応する限度において違法であるといわなければならない。しかし、右処分が右限度を超えてまで違法であるとなすべき根拠はない。

三、よつて、右各処分の取消しを求める原告の本訴請求は右限度において正当として認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小木曽競 裁判官 山下薫 裁判官 海保寛)

目録

(一)(1) 東京都北区赤羽町二丁目五五九番の二

一宅地 一六三坪八合二勺

(2) 右同町五四二番の七

一宅地 五坪五合一勺

以上二筆のうち、七坪の借地権

(二) 右二筆の土地に介在し東京都管理にかかる国有地実測

一四坪二合九勺のうち、約三坪の使用権

(三) 東京都北区赤羽町二丁目五五九番地一所在

(家屋番号同町一七〇番二)

一木造瓦葺平家建店舗兼住家一棟建坪 四坪

以上

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